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インタビュー「僕のルール・私の理由」

世界の子供にワクチンを・・・JCV

出版社の編集職として変化の激しい現場で働きながら、年収の1%を10年以上寄付し続けている村上富美さん。小学生のお子さんが2人いて、現在、子育てもまっさかり。多忙な年月の中で、村上さんが人知れず寄付を続けてこられたのはなぜなのか。実は、ご自分の寄付のことは家族にも伝えておらず、話すのは今回がはじめてとのこと。村上さんの寄付の理由について、ご本人と一緒に探していきます。
日経BP社 日経ヘルス プルミエ 副編集長 村上 富美さん

高額所得者番付と、母親の留守に起きた火災事故 忘れられない、横に並んだあの日の記事

 

学生時代のある日、社会面に掲載された2つの記事に目を奪われました。片側には高額所得者番付。もう片側には、火災事故。母親の留守中に火事が起きてしまい、子どもが亡くなったことを伝えていました。母子家庭だったそうです。あまりに対照的なふたつの記事が心に重く残りました。そこには偶然ではなく、読者に何かを問いかける編集側の意図があったと、いまでも感じます。もともと新聞記者をめざしていたのですが、このとき、「世の中の声にならない声を伝えていく仕事をしよう」と強く思いました。


大学を卒業してから地方の新聞社で働き、留学を経験。帰国後、雑誌編集の世界に入りました。それから20年、プライベートでは2児の母です。これまで仕事を通じて、人知れず意味のあることをされている方とたくさん出会いました。まだまだうまく伝えられているとは思えないのですが、あの記事を読んだときの気持ちは変わっていません。これまでもこれからも、社会のなかにある「まだ声になっていない、声になるべき声」を伝えていきたいと思っています。

村上 富美

現在小1と小5のお子さんが二人。お弁当や、体育着入れなど「袋もの」を手づくりしたり、やらなければならないことはとりあえず楽しんでやる。「仕事も母親業も、全部中途半端じゃないかと自問自答することもありますけど(笑)」

村上 富美

「大学時代に先生に頼まれてパレスチナ難民の募金を手伝ったことがあります。その後ユダヤ人の友達に話したら、「そうまでして石油がほしいの?」と言われて驚きました。自分が困っている人のために…ととった行動でも、立場によって見方は変わる。寄付や募金の複雑さについて考えさせられました」

元ヤマト運輸の小倉さんと出会い 1%寄付のルールをはじめました

10年ほど前に、ヤマト運輸の会長を務めた故・小倉昌男さんの本の編集を担当させていただきました。宅急便のシステムを作り上げた小倉さんは、経営から引退されると同時に、ご自身が持っていたヤマト運輸の株の多くを同社の福祉団体「ヤマト福祉財団」に寄付されたのです。彼が目指したのは障がい者への直接的な金銭支援ではなく、障がい者が働いて自立できるしくみをつくることでした。長年、大企業のトップとして活躍された小倉さんは、この財団の理事長に就任し、杖をつきながら全国各地を回って、障がい者が働く作業所を運営する人たちに、経営のノウハウをアドバイスしたのです。本当にすごい人だと思いました。


実はこの年、小倉さんの本のおかげで会社の社長賞をいただいたんです。そのときに、彼の活動の一端でも担えたらと思い、小倉さんの財団へ賞金を全額寄付することにしました。これが、私が寄付をはじめたきっかけです。たまたま年収の1%くらいでした。以降、「年収の1%を寄付する」ということが自分のルールになっています。はじめは小倉さんの団体に。その後は緊急支援や自分が気になるテーマなどに寄付を続けています。


村上 富美

小倉さんとは、「規制緩和」の取材で出会った。「一番最初、夜打ち(アポなしで夜自宅に取材に行くこと)での取材依頼にとてもていねいに対応いただいたのがご縁のはじまりです」

村上 富美

「小倉さんから、「あのパン屋が軌道に乗ってね」「あの炭焼きで何か作るとおもしろいことができそうだよ」そんな話を聞いていてとてもうらやましかったんです。私にもその一端が担えていると思ってとても感謝しました」

未来があるものの命を奪うこと そこに反応してしまう自分がいる

実は小さいころに事故で弟を亡くしています。未来があったはずの1つの命が失われてしまうということ。それを身近に体験したのは、自分にとってやはり大きな影響がありました。だから今でも、さまざまな支援や募金活動などがありますが、私にとって「子ども」や「命」という対象は特別重いんです。これには、広島出身なので子どものときに受けた平和教育の影響もあるのかもしれません。


母親になってからはさらに命を守りたいという気持ちが強くなりました。わが子を見ていると、「自分が守ってあげなきゃいけない」と思います。でも世の中には、何らかの事情で、親の助けを受けられない子どもたちもいる。子供を守りたくても守れない親もいる。それならば、守ることのできる第三者が、外からでも手を差し伸べることができれば…と感じるようになったんです。


寄付には与えるだけではなくて、自分自身も受け取るものがあるような気がしています。私は、小倉さんとのご縁から年収1%寄付のルールをはじめるようになりました。誰かの役に立つことの一端を自分も担わせてもらえて、すごくうれしかった。アメリカでは「他人のためにお金を使った人は幸福感が増す」ということが科学的に証明されているそうです。私ができていることはわずかなことだけど、ちょっとだけ、ささやかだけど、寄付をしていることが仕事にも人生にも、自分の励みになっているかな。そう思います。

村上 富美

「尊敬するジャーナリストの千葉敦子さんが、「必要な分をとったらあとはすべて寄付をしている」とおっしゃっていたことにも影響を受けたと思います。ただ私自身は、数値目標があるほうが行動しやすくて、年収の1%寄付にしました」

村上 富美

(若い世代へのメッセージを聞かれて)「環境や地球の問題についてとても意識が高くて、あなたたちなら大丈夫! と思っています。逆に同世代の方たちに、一緒にがんばりましょう! って言いたいかな」


ずいぶん前、何気なく新聞をめくっていたときのこと。村上さんは、「街頭募金で白髪の老人が100万円寄付」という記事を見つけたんだ。老人は、その日2か所で100万円を寄付したらしい。写真を見ると…なんと、その人は村上さんのおじいさんだったんだって! 商売人で、親戚の間ではお金に厳しい「クリスマスキャロルのスクルージのような人」という評判だったおじいさん。人知れず寄付をしていたおじいさんも、村上さんのルーツかもしれないね。

村上 富美
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